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第31話 強盗に押し入られるそれは昭和三十三年の十月も末のこと、二十三日の夜中、それこそ丑満時に強盗に入られた。大概のことなら物に動ぜぬ私ではあったが、このときばかりはおどろいた。ちょうど雨がしとしと降っていた。 この日は日曜日、普段なら週末は金曜日から来宮の別荘へ行っているところだったが、 ゴルフの約束があったので、たまたま自宅にいた。その寝こみを襲われたのである。 「おい、起きろ」の声に眼をさますと、枕元にピストルと短刀をもった男達が三人立っていた。 顔は白い布で覆面をしている。家内も起きた。 「騒がず金を出せ」。もうどうにもならない。「あれば出すが、手もとにない」と答えたものの、 とにかく隣の部屋にあった背広に二万円ほど入っていたので、これを手渡した。 「こんなでかい家で、これぱっかりという話があるか」とそばにあった電気ヒーターのコードで 後ろ手をしばられてしまった。 そして、一番若そうな男だけが残り、他の二人が家内を短刀でおどかしながら、 部屋の外に出て行った。あとで聞いてみると、家内を案内役として一階から二階と家内の部屋を調べて回ったという。 蔵の中の絵画には手をつけられなかったが、「つまんないものが沢山あるな」とけなしていたそうだ。 猫にコバンならぬ「強盗に美術品」というところか。 この時、家内は実に落ちついていた。それにひきかえ、私はひどく緊張していたようで、 声も上ずって、かすれがちだった。この頃、ピストル強盗がはやっていた。 とにかく、傷つけられては大変だ。それが気がかりであった。 「おとうさんは歯がかちかちなっていましたよ」とあとで家内にさんざんひやかされた。 そのうち、やっと気持ちも落ちつき、見張りの男にいろいろ話しが出来るようになった。 時間のたつのがおそい。やっと、家内が戻ってきた。この間に、私の家に寝泊りしていた若い社員二人が、 すきをみて二階から屋根づたいに逃げ出し、交番へ走った。 これに気づいた三人組は慌てて退散した。 結局、盗られたのは現金で二十万円ちょっと、その他、トランジスタラジオと腕時計であった。 女中達もふとんむしにされ、隣家に通ずるベルも押せない有様、もちろん電話線は切られていた。 翌朝、新聞記者の方々がわっとばかりにみえた。私は誰一人ケガもなく無事だったし、 内聞にしたいと思っていたが、そうもいかなかった。 家内は、テキパキと家の者を指揮しながら、来客に応対している。 女性はいざとなると強いものだということに二度おどろかされた。 日曜日、各新聞の夕刊の社会面トップにピストル強盗”山崎証券社長宅襲う”との大見出しつきで記事が出た。 ちょうど、山崎証券では「山種オープン」募集中であった。 全国に、一大宣伝をして頂いたかっこうになってしまった。はじめて投信に進出、 積極的に宣伝しなければならぬ時で、これ以上はない実にうまいタイミングだったのである。 もし、これだけの効果を狙うとすれば、広告費の五百万円ぐらいはかかったろう。 そのせいもあってか、山種オープンは予想以上に売れた。 まさに「禍を転じて福となす」である。しかも、山種オープン設定記念の集まりの日に、 盗まれたものが、全部戻ってきた。犯人は大阪で逮捕されたのだが、 「品物が戻るなんて珍しい」と警察の方があきれていた。ヤマタネ悪運強し、ということかもしれない。 次へ |
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