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第36話 別荘地分譲

蓄積にもその仕方はいろいろある。とくに、お金を貯めただけではそれだけのこと、
うまく運用しないとせっかく貯めてもふやすのはむずかしい。
私は運もよかった。商売にお金をつぎこんで成功した他、絵でも大きくふやした。その一例が速水御舟の絵だった。
昭和十年頃にはまだ三流株とみられていた御舟の色紙を五十円で買ったのである。これは今では
時価五百万円以上にもなった。値上がり率十万倍である。速水御舟は人格高潔、その作品の数も少なく、
若くしてこの世を逝ったために、稀少価値も加わり、思いもかけぬ高値を呼ぶことになったのである。
絵の値打ちは作者である画家の人柄に負うところ大だ。私はつとめて、画家にお目にかかり、
おつきあいを頂きながらその作品を買っていった。

  絵の他にもう一つ、財産をふやすことになったのが土地であった。手はじめは別荘地だった。
来宮の山林を買ったのは昭和九年だった。たまたま、熱海の十国峠の近くに十一町歩ほどの土地があるので
買わないか、との話を持ちこんできてくれた人があった。そこで、十万円という言い値を値切って買うことにした。
温泉がついていなかったからである。しかし、すぐ下の来宮神社あたりではお湯が出ていた。
そこから、三百尺高いところである。きっと掘れば出るにちがいないと考え、掘ってみた。
半年ほどかかったが、うまいぐあいにお湯が出た。

 さて、十一町歩、三万三千坪全部を自分一人では使い切れない。そこで分譲することにして、東宝の小林一三さん、
昭和電工の森矗昶さん、日本鋼管の白石元冶郎さん、斎藤鉄管の斎藤長八郎さん、
以上四人の方にも加わって頂いた。
各人千坪を自分のものにとって、残りを分譲、売り出したのだが、皆さんそれぞれ立派な方々だったので、
東株理事長の長崎英造さんをはじめ、多くの方が喜んで買って下さった。
分譲が成功したおかげで、自分のところの分は原価がただ同様になった。

  それは、さておき、ここに別荘を建て、嶽心荘という名前をつけた。名づけ親は横山大観先生で、
ついでに揮毫をお願いし、その額を門に掲げた。
私はこの別荘が大好きだった。四季にかかわりなく、週末にはきまって東京をはなれてやってきた。
庭を見ると、大刈込みの向う真正面に、初島が海に浮かんでいる。松の声を聞きながら風呂に入っていると、
一週間の疲れを洗い流すことが出来た。
何よりも、異常なばかりの緊張感から解き放されるのが、ほんとに嬉しかったのである。
とくに晩年ではあったが、父宇太郎に楽しんでもらうことが出来たのは、
とかく仕事の忙しさにまぎれ親孝行というほどのこともしてなかった私にとって、幸せだったと思っている。

  そして、今、私は住まいをこの地に移している。空気はいいし、魚もうまい。
庭には黒松、赤松、孟宗竹、そして梅がある。松竹梅、このうち松と竹はもともと生えていたのだが、
梅はあとから植えたものである。一株一円均一の梅の苗木だった。はじめは一尺かそこらの若木も十数年をへて、
立派に育ったところで、一株二千円で売れた。ちょうど熱海の旅館に建築ブームがおきたからである。
それはかつて林学の権威本多静六博士にお聞きした「空いている土地に苗木を植えておけば、
いつか思わぬときに利益をうる」との話どおりだった。

  なお、この別荘は私ばかりでなく、店のものの新婚旅行にも大いに利用してもらった。
妻や友達や親せきのもの達と一緒に喜んで使っていた。妻は人一倍気を使う性質だったので、
ここだと何の気がねなしにゆっくり休むことが出来たからだろう。

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