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第38話 サヤトリ私の夢は、はじめはほんとに小さいものだった。何とか郷里の借金を返すことだけが願いであった。それが、どんどん大きくなっていったのである。考えてみると、手はじめの相場でうまくいかなかったのが よかったのかもしれない。この時の様子は梅原の加藤さんとの出合いの時に書いておいた。 いかに相場がむずかしいものか、そして失敗した時のおそろしさを心底、身にしみて感じ、肝に命じたためでもあろう。 以後、「儲けた金には損がついて回る。貯めた金には信用がつく」との信念を貫きとおした。 一夜成金、一夜乞食と言われた相場の世界、それは戦後、とくに現在の株式相場における相場とは いささかおもむきがちがう。米の清算取り引き、蛎殻町界わいでは合百(ごうひゃく)と呼ばれる一種のあてっこや、 薄張り(規定の証拠金よりずっと少ないお金で相場を張ること)が横行していた。クロウト筋は呑み屋として、 小口の投機好きなお客に向かった。それで、商売はうまくいっていた。つまり、一回や二回は負けても、 ちょっと長い間、相場をやっていると結局お客が失敗するからである。 まさに勝つか負けるか、妥協のない勝負の世界だった。 小僧時代、深川の方に蛎殻町の気配をもったセールスマンがちょいちょいやってきた。 小僧はともかく、中僧の中には相場をはる人も結構多かった。損した話は滅多に聞かなかったが、 どうやら足を出すのが通例のようだった。うまい話はないものである。 そうした環境にあって、私は立派な先生方に恵まれた。第一が、私の主人、先代の山崎繁次郎さんだった。 山繁さんについては前に述べたが、ここであらためて考え直してみると、私の商売は大体において、 この成功者の守った道を踏襲したものであった。自分のすぐそばに、生きた立派な見本があったからである。 山繁さんの店では回米問屋といっても、自分の店では買い持ちをせず、 すべて産地からの委託米の売りさばきに徹していた。手数料は小さい。相場の儲けは大きい。 だが、相場は張らなかった。今でいうならば、ディーラーはやらずブローカーであった。それは相場で儲けると 相場で損することをよく知っており、思惑的な商売をさけたためではないかと思う。 私もこのブローカー中心の行き方にした。相場を張ったといっても、それはディーラーとして手持ちした実米を 清算市場に売りつないだのである。保険つなぎだった。収入の基礎はブローカーによる手数料にあり、 それだけで十分に食べていかれるようにしてあった。 その上で儲けた分を積み上げていった。毎年、年末には棚上げ貯金をした。この資金は主としてサヤトリに使った。 当限を買って、先限を売るというやり方だ。サヤトリというと馬鹿にする人もあった。 でも、日歩十銭以上、時には三十銭にも回すことも出来た。年に三割から十割の儲けである。 銀行から資金を借りても、日歩七銭なら十分に引き合った。 これは大きい。危険の大きい相場を張るより、結果は確実なうえに、大きく儲けられる。 私にしてみれば、なぜ皆が利用しないのか不思議だった。 もちろん、サヤトリといっても、比較的単純な当限、先限のサヤトリ、実米と清算市場の先物のサヤトリから、 さらには多角的な、複雑なものもある。例えば棉花を買って、綿糸、綿布を売る、手芒を買って、小豆を売る、 小豆を買って、砂糖を売る、米を買って、新東株を売るというようなぐあいである。 それは、常に採算からみて、割安なものを買い、割高なものを売ったのである。 実際に世の中ではそういう動きが必ず出てくるものだ。小豆が高騰すれば、お菓子屋さんでは使い切れなくなり、 代わりに手芒(つるなし隠元)を沢山使用するようになる。小豆の実需は落ち、手芒の需要が伸びる。 当然、小豆の相場と手芒の相場の動きは逆になり、このサヤトリは成功するわけだ。 採算を買い、人気を売る。採算は実、人気は花である。 採算に乗る、乗らないのモノサシは各人各様かもしれないが、私は私なりのものをもっており、 それでやって大勢はまちがいなかった。 小豆相場でいえば、小豆の値段は大体、米より高い、というのが経験的にわかっている。 そこで、小豆がこの水準を割り込んできたら徐々に、静かに買い下がる。底値百日、天井三日のたとえどおり、 買ったらすぐ上がるというものではないから、辛抱がいる。ある意味儲けは、この辛抱に払われるものかもしれない。 いつしか相場が回復し、割高になったところで売りはじめる。 買いの逆で、扇型に、どんどん玉数をふやしながら売り上がる。前もって仕込んでおいた実物を見合いにした売りである。 そして、各業者から出てくる買いの手口を調べる。人気化する動きを読むわけである。 小口の買いが次第にふえてくる。そこで、こんどはカラを売りはじめる。静かに、売り上がる。 そのうち、小口のカラ売りがふみに入る。そこへ、売りをぶつけていく。 大体、大きく売るためには相場が上げているうちでなければ出来ない。売りには買いと同じく辛抱も必要だが、 強い信念がなければ成功しない。ある日、何かのキッカケで反発する。 その反発ぶりをみて、二番天井とみきわめれば、追撃売りに入る。ここからの儲けが大きくなる。 ふつう、売り建てがあって、相場が下げに入れば、それまでの売り玉の儲けで満足してしまう人も多い。 しかし、それは序の口、追撃売りの方がむしろ大きくなることもある。相場の流れは変わってしまっているのだから、 安全だし、しかも相場は下へ行きすぎるのも常である。 儲ける時には、よくハラ八分目とか、頭と尻尾は人にやれ、という戒めがある。が、チャンスは徹底的に生かすべきだ。 いささか執念ぶかいところは巳年生まれのもつ性格かもしれない。 ただし、相場に外れた時は早く降りるのがコツである。「離(はなれ)」である。 よく、株で損をすると、この株にやられたんだから、同じ株でとり戻そうとする人がいる。 あるいは、株の損は株の儲けで埋めようとする人も多い。 しかし、それは失敗しやすい。損の上ぬりである。一つには、心理的に負けてしまっているため、 冷静な判断が出来なくなっているためだ。意地では成功するはずがない。 私は必ずしもこだわらない。損は「とりあえず取引所に預けたんだ」と考える。積んでおけばいつか下ろすことになる。 つまり、勉強代と考えるのだ。 とりあえず休む。 実を言えば、このコツは軍隊時代に得たものである。 行軍する時、休みもなしに強行軍すれば、兵はバタバタ倒れる。 たとえ、五分、十分といえども、小休止をとりさえすれば、そんなことはおこらない。「買う」「売る」「休む」である。 アメリカのウォール街でも同じことが格言として言われているという。 「休む」、この時が肝心である。熱くなっている頭を冷やすのである。 そして、相場を張る時に、サヤトリを多角的にやるように、金儲けも多角的にやればよい。例えば株式で損をしても、 小豆、生糸、人絹など他の相場でもうかっていれば、それでよい。いや、なにも相場にかぎることはない。 土地、あるいは絵画、骨董、財産がふえていればそれでもよい。 一つの勝負に熱をあげるあまり、肝心な儲けをおろそかにしてしまうのは困る。 要はゆとりをもって、眼をひろく、頭はやわらかに、というのが、一番大事な心得のように思う。 まして、昨今のように、国際化が進み、日本の株だけでなく、ニューヨークだろうが、ロンドンだろうが、 世界中どこでも好きな株が買えるようになっているだけに、尚更である。 次へ |
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