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第4話 小僧の才覚翌日からは無我夢中であった。生活も,仕事もすべて新しく、一から十まで先輩に教えられながらのことである。掃除から,使い走り、そして俵かつぎに倉庫番という、 言ってみれば深川の小僧としてお定まりのコースを歩むことになった。 初任給は八十銭であった。主人の遠い親戚とはいいながら、とくに周囲の人が特別扱いに してくれるわけもない。また、新米はイジメられるものと相場がきまっていた。 しかし、毎日の生活は結構楽しかった。世間知らずの田舎者だ。とにかく、朝昼晩三食とも、 真白なお米の御飯が腹一杯食べられるだけでも嬉しかった。 ほかの小僧さん達はおかずがどうのこうのといちいち文句をつけていたが、 私にとっては問題ではなかった。それに、着るものはお仕着せで何の心配もいらない。 あとは、一日も早く、仕事を覚えなくてはと、身を粉にして働いた。普通にやっていたのでは、 とうてい借金に苦しむわが家を立て直すわけにはいかなかったからだった。 幸いに、私は身体が大きいし、人一倍健康に恵まれていた。力仕事ならお手のものである。 深川から伝馬船で仙台掘とか、越前掘に入ってくる米を陸揚げして、倉庫に入れる俵かつぎ、 そして荷車引きなどに精を出した。おかげで、努力を認められ、二年目の年の暮れには、 お仕着せを二着分もらうことが出来た。ほんとうに嬉しかった。 お仕着せというのはお盆の薮入りの時には木綿の一重の着物に帯、足袋、ふんどし、 それにめくらじまの前垂れ、暮れにはこの他にメリヤスのシャツ、もも引がついていた。 着るものすべて一揃いであった。 倉庫番をしていると、そこらじゅうに米がこぼれている。運ぶ途中、出来の悪い俵から こぼれ落ちるのである。少しばかりではない。敷物をひいたようにである。 あまりにももったいないと思った。そこで、主人の許しをもらい、ニワトリを飼うことにした。 二十羽や三十羽飼った所でどうせ捨てられる米の廃物利用だから誰も文句を言うものもない。 その上、卵も生んでくれたので一石二鳥だった。 ついでに、ねずみも獲った。毎晩倉の中にネズミ獲りを仕掛けておくと面白いようにとれた。 俵はやぶられるし、大事な米を食い荒らされるのではかなわない。 立派に保管するのが倉庫番の役目である以上、当然のことであった。 たまたま、明治二十八、九年にペストが大流行して以来、交番にネズミを持っていくと 一匹に付き二銭で買い上げてくれた。卵一個一銭、ネズミ一匹二銭、この代金を貯金した。 もっとも、金もうけのためにはじめたわけではなく、まして、相場を張るもとでを 作ろうというのでやったことでもない。第一、そんな大金が出来るわけがないし、 たとえ相場をやろうとしても、注文をうけてくれる店もなかった。 ただ、もったいないの気持ちからやったことにすぎない。 次へ |
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