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第40話 相場の道に六十五年

 いつのことだったか、奥村綱雄さん(野村証券相談役)にお会いした時に、野村徳七さんの話をうかがった。
野村さんは売りはやらず、買い一方であったという。それも生半可のものではなかったようだ。
あの昭和はじめの金解禁後、底なし沼の相場に買い向かったのだから大変なことである。
次から次へと追い証に迫られながら三年にわたり買いつづけられた。
それは相場を張るというものをはるかにこえた、執念に近いものだったろう。
その心は「国運を買う」ところにあったという。しかも、金解禁が、経済に、そして相場に、どんな影響を与えるか、
百も承知の上でのことだったと聞き、その偉さには頭が下がった。

  私とはまったく違った相場師である。いや、それは相場師をこえたものであろう。
信念を貫き通すのは容易なことではない。流れにさからうとなれば尋常のものではない。
私は信念の裏づけをソロバンに求めた。ソロバンには大小があり、
国家のソロバンから、かけ出しのサラリーマンのソロバンまでいろいろある。
野村徳七さんの話を伺った時、同じソロバンにも、人間の心がまえにも、
大きなちがいのあることを、あらためて感じた。

  それはそれとして、人それぞれにかなったソロバンがある。数々の相場で、幾千回、幾万回とはじいた、
てなれた五つ玉のソロバンに、何とも言えない愛着を覚える。私にとって、かけがいのないものの一つである。
私が相場の道に入って、はや六十五年の歳月が流れた。今は来宮で療養の毎日である。
時折、波乱にみちた過ぎし日の懐しい想い出にふけりながらも、もう相場は張らない。
株にも小豆にも手を出したくない。体に自身がなくなったからである。

それでも、時折見舞に来てくれる息子二人にいつも話していることはソロバンを忘れるな、ということである。
私が死んでも、ヤマタネのソロバンだけは生かして欲しい。


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