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第41話 あとがき今の私は病床に親しんでから既に六年も来の宮の山荘で毎日を過ごしている。それこそ身心とも枯れ切って欲得は更々なくなってしまった。 昔の私の元気な壮年時代の知人がたまに訪れてはくださるが、余り人にも会いたくない、話もしたくない、 ましてや金儲けの話などトンとしない病人の私を見て、どうもみんな驚いて帰るようである。 息子二人から、「お父さん、とにかく米寿まであと三年は頑張ってくださいよ」といつも激励されるのが 嬉しいような、苦しいような今日の心境であるとは誠に情けない次第ではある。 しかし、せめて私として、世の中への義務だけは果たしておかなければならないと思っていたところ、 証券調査センターと日本経済新聞社のおすすめがあって、「私の履歴書」に修正を加えて、 いわばヤマタネ一代記の形となったのが、ささやかながらこの「そろばん」である。 ところで、最近いちばん嬉しかったことは、慈恵医大病院に入院中に勲二等の勲章をいただけるという ありがたいお話が届いたことである。昭和四十九年五月八日、私は車椅子に乗って宮中に伺い、 親しく天皇陛下のお姿とお言葉に接し、もうこれで思い残すことがない、身に言い聞かせることはないと思った。 惜しいことには、隣に妻がいなかったことである。車椅子のままで起立もできず、 わがまま放題で勲章をいただけたということは、本当に感泣の極みであった。 米屋の小僧時代から馳け足で七十年、これから「米の年」までは昔話を折々思い出しながら、 山荘の松藾に耳を傾け、自然と語り続けていきたい。 山崎種二 (完) 目次へ |
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