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第6話 相場に踏み出すこのようにして相場の道に踏み出したのだが、結果の方は大したことはなかった。ガバッともうけることもあったが、とられることもしょっちゅうで、よくて差し引きトントンというところであった。 大体、主人の眼にかくれて、コソコソやっていたせいかもしれない。と同時に、 相場師や大もうけした人の話、またあっという間に大損して 一家離散の悲劇など聞くにつれ、相場のおそろしさを感じた。 その中には、明治時代、米相場での大成金といわれた神吉源之助の話があった。 晩年、病の床にあって、「今日ではもう百枚の米も張れぬようになってしまった。 実は俺が思惑でもうけた金は九十七万円、そこでとめておくべきところ、欲が出た。 あと三万円もうけて百万円にしたら一切手を引こうと思った。その三万円をもうけるために、 目先、売出動したのが運のわかれ目、思わず深入りしてしまった」と嘆いたという。 勧業債券八十円をもとでに米相場で成功し、ついに百万円近くの財産を築いた人の言葉であった。 明治末期の百万円といえば、今の金にすれば何十億円、あるいはそれ以上のものだろう。 三万円だって大変なものにちがいないが、何も百万円にする必要はなかった。 人間の欲望には限りがない。それが、おとし穴である。相場を当てた人の話はいくらでも聞いた。数限りない。 にもかかわらず、最後までうまく行った人の話は少なかった。むしろ稀でさえある。 この事を痛感したのは、ずっとあとになってからであった。何べんも相場に失敗し、 何べんも追いつめられ、にがい、苦しい思いをしてからであった。 はじめのころは、自分だけは何とかうまくやってみせることが出来るとの意気ごみが、 もしかしたら、ダメかもしれない、という不安を追い払っていたのである。 やってみなければ、結果はわからない。 私のように無学のものは、何事も自分で経験しないうちは納得出来っこない。 次へ |
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